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宮崎地方裁判所 昭和53年(行ウ)3号 判決

原告

平田勇

右訴訟代理人

鍬田萬喜雄

被告

冨水流勲

被告

松元美弘

被告

安楽忠義

右被告ら訴訟代理人

伴喬之輔

参加人

高岡町長

右訴訟代理人

殿所哲

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一当事者間に争いのない事実〈省略〉

第二監査請求前置の有無の検討

一前示当事者間に争いのない事実

(一)  原告は、普通地方公共団体である宮崎県東諸県郡高岡町の住民であり、被告冨水流は、同町町長たる地位にあること、

(二)  高岡町は老人ホーム「長寿園」建設用地として、

(1) 昭和五一年七月一二日別紙目録(二)記載の(一)ないし(五)の土地を代金合計一、三五五万二、五七三円で、

(2) 昭和五二年四月一日同目録記載(六)、(七)の土地を代金合計二九二万円で、

(3) 同年五月二三日に同目録記載(八)の土地を代金二七万六、九四〇円で

それぞれ買収したこと、

(三)被告冨水流は参加人たる高岡町長として、

(1) 昭和五二年四月一日前同目録(一)、(二)、(四)の土地の三筆に跨がる公民館用地部分(三〇〇平方米)を宮水流部落に代金九〇万円で公民館用地として払下げ、

(2) 同月一三日同部落の公民館建設の補助金として二一〇万円を支出したこと、

(四)  高岡町は、同目録(一)(二)(四)の土地の合筆、分筆を経て、昭和五三年三月八日受付で宮水流部落代表者被告松元、同安楽を共同譲受人として売買を原因とする所有権(共有)移転登記手続を了し、その後右登記は昭和五三年七月一四日受付第一四八六号所有権移転登記に変更されたこと、

(五)  昭和五三年五月二二日付(同日受付)で高岡町議会議員である原告は高岡町監査委員に対し、1、前同目録(六)(七)(八)の土地を不当不法な方法で取得した、2、前示公民館用地の払下げ行為が地方自治法に違反し不当違法な処分に該当すること、および前示公民館建設補助金が同法に照らし違法、不当な公金支出にあたることなどを理由として住民監査請求をした(丙一号証)。

(六)  同年七月一五日高岡町監査委員は、右監査請求事由1については不法不当の取得というにあたらない、同事由2については払下げ行為は不当とはいえない、補助金支出は違法に支出されたと判断するに足る証拠はない、とし、また、右事由2についての住民監査請求が当該行為のあつた日又は終つた日から一年を経過したものであり、かつ、右期間徒過につき地方自治法二四二条二項但書所定の正当事由もないとしつつも、監査制度がすぐれた民主主義的発想のもとに生れたことに思いいたし、慎重に検討した、と論じて監査事由につき前示のとおり実体的な判断を示し「町長に対し、勧告はしない」旨の監査結果を原告に通知し、同月一七日これが原告に到達した(丙二号証)。

(七)  同年八月一六日原告は地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき前示払下げ及び補助金支出の違法、不当を主張して本件住民訴訟を提起したことの各事実を認めることができ、他に右認定を動かすに足る証拠がない。

二地方自治法二四二条の二第一項はこれに基づき住民が普通地方公共団体に代位して行なう職員に対する損害賠償、原状回復の請求などを訴えをもつてなす本件訴訟をはじめ同条項所定の住民訴訟につき、その訴訟要件として同法二四二条一項の規定による住民監査請求をなした場合に限りなし得る旨を定め、監査請求前置主義をとつている。そして、同法二四二条一項の規定による請求とは同条に則した適法な請求を指すものと解すべきところ、同条二項は右の監査請求は、「当該行為のあつた日又は終つた日から一年を経過したときには、これをすることができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」と規定しているが、本件監査請求がこの請求期間を徒過したものであるか否かにつき原、被告間に争いがあるので以下この点につき検討する。

(一) 前認定一、(三)(1)、(2)のとおり本件払下げ行為がなされたのが昭和五二年四月一日であり、公民館建設補助金の支出は同月一三日になされ、同(五)のとおり原告が本件住民監査請求をしたのは昭和五三年五月二二日であるから本件住民監査請求は同法二四二条二項所定の「当該行為のあつた日から一年を経過したとき」に該ることは明らかである。

(二) そこで、原告は老人ホーム建設用地買収の最終日である前認定一(二)(3)の別紙目録(二)記載(八)の土地を買収した昭和五二年五月二三日をもつて住民監査請求の請求期間の始期とすべきである旨主張した。なるほど、住民訴訟の対象となる行為は、監査請求に係る行為と厳密に同一のものであることが要求されるものではないが、監査請求に係る行為から当然に派生し、又はこれを前提として後続することが当然に予測されるなどこれと密接不可離な行為であることを必要とすると考える。

けだし、地方自治法二四二条の二第一項所定の住民訴訟は同法二四二条一項の住民監査請求が功を奏しないとき、裁判所に対し同監査請求に係る違法な行為につき訴をもつてその地方自治体の財務会計運営の違法状態の除去という目的を達しようとする制度であることに照らし住民監査請求の対象となつた行為と同一又は密接、不可離な行為を住民訴訟の対象とする必要があるからである。

原告主張の前同目録(八)の土地の買収行為と本件住民訴訟の対象である同目録(一)(二)(四)の土地に跨がる公民館用地の払下げ、及び公民館建設の補助金として二一〇万円を支出した行為との間には前示の如き当然の派生又は後続行為性を有するなど密接、不可離な関係があるものとは到底いえない。かえつて、前認定一の各事実に照らすと本件住民訴訟の対象となつた行為より後に原告主張の監査請求の対象たる前同目録(八)の土地の買収行為が行なわれていることが認められるのであつて、監査請求対象行為から住民訴訟対象行為が派生又は後続することはありえず、又両者間に密接不可離な関係が存在しないことが明らかである。

したがつて、原告主張の同(八)の土地の買収に対する監査請求をもつて、本訴の監査請求前置を充したものとは到底いい難く、原告の右主張は失当である。

(三)  次に原告は、公民館用地の売買を原因とする所有権移転登記を了したのは昭和五三年三月八日ないし同年七月一四日であつて、これにより払下げの義務履行が終つたものであるから、これが地方自治法二四二条二項所定の「当該行為の終つた日」にあたり、これから起算すると、本件住民訴訟提起まで一年が経過していない旨主張する。

そもそも、同条項所定の「当該行為」とは、同条一項の違法又は不当な①公金の支出、②財産の取得、管理、処分、③契約の締結、若しくは履行、④債務その他の義務の負担を指し、当該行為の「終つた日」とは、当該行為又はその効力が相当の期間継続性を有するものについて、当該行為又はその効力が終了した日のことを指す。

ところで、前同法二四二条一項所定の①公金の支出、②財産の取得、管理、処分、③契約の締結、履行、④債務その他の義務負担は住民監査請求の対象を制限列挙したものであるというべきであり、その制限列挙の趣旨に照らし、規定の順序に従つて、前者に当嵌らない場合に後者の適用を問題とすべきもので、互いに背反的かつ補充的関係であると考える。そして、本件土地の払下げ行為は、同条項所定の財産の処分に当るというべきである。

けだし、ここに「財産」とは同法二三七条一項所定の公有財産、物品及び債権並びに基金をいい、本件土地が公有財産にあたるか基金に該当するかは暫くおくとしても、このいずれかに該当し、「財産」にあたることは明らかである。そして、同条項所定の財産の「処分」行為とは、その交換、売払、譲与など物権或いはその他の財産権の変動を直接の目的とする法律行為を指し、それが行政行為によるか、契約によるかを問わず広く所有権その他の権利の変動を内容とする法律行為を含む。

そして、本件土地の払下げについては、〈証拠〉によると特にその所有権移転時期を契約時と異なるものとした特約があるとは認められず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠がないから、民法一七六条に照らしその売買契約の日である昭和五二年四月一日に所有権が移転したものといわねばならない。そうすると、右所有権の移転のあつた日をもつて、当該財産処分のあつた日であり、かつ、その終つた日に当たると解すべきである。

なお、原告は本件土地払下げの売買契約の義務履行の終つた日として所有権移転登記の日をもつて住民監査請求の請求期間の起算日とすべき旨主張するが、原告が本件住民監査請求の対象としている本件土地払下げ行為が既記のとおり前同条項所定の「財産の処分」に当る以上、これに次いで規定されている「契約の締結、若しくは履行」の適用を論ずる余地がないから原告の右主張は採用できない。

したがつて、昭和五三年五月二二日になした原告の本件住民監査請求は、本件土地払下げによる財産の処分があつた日である昭和五二年四月一日から一年を経過した後になされたものというほかない。

(四) 地方自治法二四二条二項但書は一年の期間を徒過した場合にも、「正当な理由があるとき」は、住民監査請求をなし得る旨規定している。ここに「正当な理由」とは監査請求の対象となる当該行為を知ること、監査請求をなすことにつき、客観的障害がある場合、即ち当該行為がきわめて秘密裡に行なわれ、一年を経過した後はじめて明るみになつたとか、天災、地変等で交通杜絶になり請求期間を徒過した場合などを指し、特定の住民の長期の旅行、病気など監査請求当事者に関する主観的事情を含まないと解すべきである。

そして、本件全証拠によるも、原告に右の客観的障害による前同条項所定の「正当事由」が存在するとの事実を認めるに足りない。

かえつて、〈証拠〉によると被告・参加人主張の本案前の答弁3の各事実及び本件土地の払下げ、補助金の支出が極めて秘密裡に行なわれたものでなく、正規の手続に従つて処理されたことが認められるのであつて、これらの各事実を考え併せると、原告は遅くとも昭和五三年六月三〇日の時点において宮水流公民館敷地として町有地の払下げ、右公民館建設補助金の支出及びその違法性につき強い疑念を抱き、さらに遅くとも同年九月議会までには登記簿を調査して町有地払下げの事実を確知していたことが推認でき、原告に前示正当理由が存しないことは明らかである。〈以下、省略〉

(吉川義春 村岡泰行 白石研二)

目録〈省略〉

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